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戦後70年に思う

 最近、1952年(昭和27年)4月28日に発効された、吉田内閣時代のいわゆる旧安保条約の前文を読んでびっくりしました。

 

サンフランシスコ平和条約(日本との平和条約) - 東京大学東洋文化研究所

日米安全保障条約(旧)(日本国とアメリカ合衆国との間の安全保障条約) - 東京大学東洋文化研究所

 

 いわゆるサンフランシスコ平和条約を結んだことで、武力を持たず丸裸になってるんで、アメリカに、日本国内及びその周辺に軍隊を維持して欲しいという、率直に書かれているんですね。

 

 戦後70年の平和主義と言うけれども、実態はアメリカの軍事力の抑止効果の賜物でしかないのではないのか、と改めて疑問に思ったのでした。

 

 国際連合憲章サンフランシスコ平和条約で認められた自国の個別的及び集団的自衛権が、サンフランシスコ平和条約よりも先にできた日本国憲法と、どうすりあわせてきたのか、あまりよくわからないし、どう考えたらいいのかも正直わからない。

 

 民族自決権みたいなことで言うと、日本はアメリカに頼らずに、自前で平和的に自国を守るということを考えないといけないのかもしれないけれども、はたして現実に可能なことなのか。

 

 そもそも、国家とはなにか、ということを考えないといけないのかもしれない。

一民族一国家はわかりやすいけれども、他民族とはいっしょにやっていけないのか。

民族や思想信条で国家が分かれていくことは現代でもある。

この流れはどうして起こるのか。

人類の交流はたしかに拡大してるはずなのに。

国家が人命と財産を守る装置だとしたら、民族は問わないはずなのに。

 

 日本はどうしてアメリカを受け入れることができたのか。

これもまたわからないこと。

 

 さて、これから、どういう道を選択するのが良いんだろう。